元TBSアナウンサーで、
現在はオーストラリアに在住の
小島慶子さん

専業主夫の旦那が浮気?
旦那が専業主夫になった時の
心境と意外な結果は?

更に母親との確執の経緯・状況や、
ヒステリーで嫌いとの世間の声が!

小島慶子の夫が浮気?

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名前:小島 慶子
読み方:こじま けいこ
生年月日:1972年7月27日(45歳)
出生地:オーストラリア
所属:オスカープロモーション
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小嶋さんはTBSアナウンサー30期生で、
現在はオーストラリアパース在住

 

生まれもオーストラリアのパースで、
7歳の頃はシンガポールに、
8歳から9歳の頃は中国返還前の香港と
日本国外で暮らしていました

 

後に日本に帰国し、日野市立三沢台小学校、
学習院女子中・高等科へ進学します

 

15歳の時には過食嘔吐を繰り返し、
摂食障害を経験したそうです

 

1995年4月
学習院大学法学部政治学科卒業後、
TBSにアナウンサー30期生として入社

 

身長は172cmと女性アナウンサーとしては高いことから、
後輩の小倉弘子アナとともに「TBSのツインタワー」
といわれることがありました

 

1997年11月
「日立 世界・ふしぎ発見!」
ミステリーハンターになります

 

1998年
ラジオ番組「BATTLE TALK RADIO アクセス」
初代ナビゲーター

 

2000年
テレビ制作会社勤務の男性と
結婚をします

 

その後は30歳で長男を出産し、
産休後は主に報道番組を担当します
そして33歳で次男を出産

 

2006年10月~2009年3月
ラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」
レギュラーアシスタント

 

2009年3月~2012年3月
ラジオ「小島慶子 キラ☆キラ」
メインパーソナリティー

 

2010年6月
TBSを退社します
退社後はキャスト・プラスに所属

 

2013年8月1日
キャスト・プラスから
オスカープロモーションに移籍

 

テレビ制作会社勤務の夫が退職したのを機に、
オーストラリアのパースに移住

 

夫は20年勤めた制作会社を退職しましたが、
その後、他ににやりたい仕事を探しているうちに
そのまま「専業主夫」になります

 

小島さんは夫が退職して
「専業主夫」になった事について、
最初は多少とまどったそうですが
こんな考えや現実に辿り着きます・・・

 

結婚して13年、ずっと共働きだった私たち夫婦。
2人とも会社員。途中で私が会社を辞めました。

でもって今度は夫が仕事を辞めちゃいました!
ひゃー。…と、去年1年がそんなまさかの展開で
あっという間に過ぎて行ったことは前回
「私が大黒柱に? まじですか、怖い!」
に書きました。

ほんと、人生何があるか分かりませんね。
変化は底抜けに恐ろしいけど、
ほんのちょっとだけワクワクするものです。

人は状況が変わってからようやく
ものの見方を変えられるものだ、
と今回学びました。
それまでももちろん、もしも夫婦どちらかの、
あるいは両方の収入が減ったら、
というシミュレーションはしていました。

でも、夫の
「仕事を辞めてしばらくのんびりしようかな」
発言は想定していなかった!
そうなってみて初めて、しばしの恐慌を経て、
「じゃあ何が出来るかな?」
って考えることが出来たのです。

ところで、なんで夫が会社を辞めるのを
止めなかったのかと思う人もいるでしょう。

私も会社を辞めた経験があるので、
辞めるって決断をするにはうんと考えて、
苦しんだり悩んだり迷ったりして、
覚悟を決めてのことだと分かったからです。

辞める人の理屈は、
辞めたくても辞めない人や
辞めたいと思ったことがない人には
決して通じないものですし、
噂好きな輩や勝手なことを言う人もいます。
会社を辞めるって作業は、
それはそれは孤独なものです。
彼が黙ってそれに耐えていたなんて、
私は全然気がついていなかった!

そういえば、このごろ顔が老けたけど
さすがに彼も年なのね…
などと思っていたことがあったけど、
あれは彼が人知れず悩んでいた時期だったんだーと、
後で気がついたのです。申し訳ない…。

人は働かないと食べられない。
だから歯を食いしばって
働かなくちゃならないこともある。
でも、このままここにいることには
とても耐えられない、と思うときもある。
彼の収入がゼロになることの打撃と、
彼がそんな気持ちで人生を送ることの打撃
とを比べたら、私にとっては、
後者の方が大きかった。

彼が穏やかでハッピーにしているのが、
私も子どもたちも大好きだし、
私にとってそれはかけがえのないことだからです。
15年前に彼と出会ってすぐに、
「あれ、この人と一緒にいると、
自分一人で眺めているこのうんざりな世界が、
なんだかいい場所に見えるぞ」
ということに気がついて、
速攻で押し掛け同棲したくらいですから。

というわけで、
びくびくの大黒柱生活を始めてみると
あろうことか私の中の性悪おやじが
むくむくと顔を出した。
…でも、いいこともいっぱいあったのです!

夫が家にいると、
子どもたちは学童に行かないで帰宅します。
彼らがそれまで一度も経験したことのない、
帰るなり玄関にランドセルをぶん投げて
近所の子と遊ぶってやつが、
当たり前になりました。
私が夜遅く帰るときにも
シッターを手配しないですむ。
宅配の再配達が減る。
私は以前よりも仕事に集中できるようになり、
子どもたちもパパと過ごす時間が
たっぷりで嬉しそう。
あれ? これいいじゃない!
と目から鱗の気分でした。

そういえばかつて、
仕事でへとへとになって帰宅した後、
夜中に夫婦でお茶を飲みながら、
「うちにオクサンがいればいのにね……」
とぼやいたことが何度もありました。

家事と育児と仕事を
3つともやるのは本当に大変で、
夫婦ともにいつもギリギリの
心理状況でいたのです。

もうひとり、家事とシッティングを
専業でやってくれる人がいれば、
どんなに楽だろう。
子どもにももっとゆっくり向き合えるし、
仕事も中断しなくて済む。
でも住み込みのお手伝いさんを
雇う余裕なんてないし、
ああ、しんどいねえ…
としみじみ労り合ったものです。

夫が家にいるようになって、
収入は激減したものの、
それまでは到底実現不可能だと
思っていたことが実現しました。
うんとささやかなことだけど、
子どもが近所で遊び回って喜んでいるのを
見るのは本当に嬉しかった。
実は彼らもずっと我慢していたんだなあと、
初めて子どもたちの気持ちに気がついたのです。

学童に直行しながら、
帰宅後に公園で待ち合わせる友達を
どんな気持ちで見送っていたのだろう。
気がつかなくてごめんね、と謝りました。
やっぱり子どもが子どもとして
生き生きしているのを見るのは嬉しい。
もちろん彼らも学童ではそれなりに
楽しく過ごしていたので、
結果論に過ぎないのですが。
引用元:小島慶子 夫の生き方を真正面から考えてみた

 

なんだか素晴らしいですね( ;∀;)

 

そんな小嶋さんの夫を検索してみると、
なんと浮気というワードが・・・

 

えっ浮気をしたの!?( ;∀;)

 

調べてみましたが浮気をしたという
有力な情報はなかったです・・・

 

なのでデマの可能性が高いですね!
よかった( ^ω^ )

母親と確執!

小嶋さんは母親との
確執を告白しています

 

2014年1月に家族関係をつづったエッセイ
『「自分」がしんどい』(新潮社)を刊行する
タレントでエッセイストの小島慶子さんは、
母と娘の間に感じていた確執をこう語る。

 

「さわらないで!」

30歳のとき、産んだばかりの長男を
強く抱く母に嫌悪感を覚えました。
その後、母が連絡してくるたびに私は熱を出し、
夫や子どもに八つ当たり。
わき起こる強い怒りに、
自分が恐ろしくなりました。

33歳で次男を妊娠し、
育児カウンセリングを受けて、初めて、
怒りは「母と家族への抑圧された思い」
と知りました。
「苦しんでいい」とカウンセラーに
言われてほっとしました。
毎日3時間も母と言い争っていたなんて、
私はひどい娘だったのでは……
という罪悪感がありましたから。

幼稚園のころ、
運動会の絵が先生に褒められても、
「ママ、こんな髪形じゃないわ」と言われる。
中学のとき、
友達を父親の職業で判断されて腹が立ち、
何時間もかけてやめるよう説得した翌日、
また「あの子のお父さん、二流企業だからダメね」。
私がいら立ちを爆発させると
「何が不満なの?」。
母は祖母から愛情を得られなかった分、
娘を自分の愛情に浸し切っていたのに、
それが娘に通じないことにいら立っていました。

それでも私がいちばん安心できるのは母の腕の中。
いい大学に入り、1部上場企業に勤めて結婚する。
母の期待通りの幸せを手に入れ、喜ばせたかった。

15歳のときに、
年の離れた姉が結婚して家を出ました。
それからは母の関心が私に
集中するのが恐くて拒食になり、
その後、過食と嘔吐を繰り返すように。
母は知っていましたが、
「吐きたくなるほど悩んでいるのか?」
と聞いてきたことはありません。

見たいものしか見ない人でした。
娘は自分の延長線上にいる味方で、
喜びも悲しみも一緒に信じて疑わない。
悪気はなくて、ただ無邪気で無神経なんです。
母と分かり合えないモヤモヤを父にぶつけると、
「家の中はまるくて温かいほうがいいから、
けんかはやめて」。
解決になりませんでした。

社会に出て一人暮らしを始めても
母の過干渉は変わらず、私の番組を全部見て
「あの服は似合わない」
「今日は目の下にくまがあった」
とダメ出しの連続。
発狂しそうでした。

次男出産後、
職場復帰への不安も重なって不安障害に。
カウンセリングで親子関係を見直した結果、
私は母を、そして家族を
「諦める」ことにしました。
母を変えられないが、自分は変えられる。
そうすれば見え方も変わる。
その後7年間、母に会いませんでした。

母を名前を持った一人の人間として
眺めるようになり、やっとわかりました。
彼女は幸せになろうとベストを尽くしたけれど、
そのやり方が互いを苦しめる形だった。
もっと早く距離を置けばよかったけれど、
私も「家族を突き放してはいけない」
という強烈な呪縛に囚われていた。
罪悪感を抱えたくないから
「なぜわかってくれないの」
「親子なんだから察してよ!」
とぶつかっていました。

「いい人だけどちょっと面倒」な相手は
2~3カ月に一度会うのがちょうどいい。
親も距離を置いていい。
それは、互いが解放されて自由になることです。

母への感謝もたくさんあります。
私が死にたくなるほど追いつめられても
自殺しなかったのは「人生に期待しなさい」
と母が言い続けたからです。

今年の春、10年ぶりに世間話をしました。
別れ際、「今日は楽しかったよね?」
と聞かれた。変わったなと驚きました。
今、母への怒りはありません。

母は私の発言に傷ついているかもしれないけど、
こうして親子関係を明かすのは、
他にもある話だと思うからです。
同じように悩む人に参考にしてほしい。
でもきっと、
両親の棺の蓋を閉じるときには切なさや、
やり切れなさを引き受けるのだと思います。

※週刊朝日  2013年12月13日号

引用元:小島慶子が実母との確執語る「母が連絡してくるたびに熱を出していた」

 

7年間会っていなかった
時期もあったのですね(゚д゚)

ヒステリーで嫌いの声が!

また小島さんには視聴者から、
ヒステリーで嫌いの声も(;^_^A

 

 

 

 

 

 

ここまでお読み頂いて
ありがとうございました!

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